2026年になって早いもので1月があっという間に過ぎ去ってしまいました。今年は4日から仕事をスタートし、新しい相棒となった自転車を走らせながら日々忙しく過ごしております。
IZANAGIの母体でもあるかなう家のウェブサイトのリニューアルが大詰めということでコンテンツ作りやら父親の引っ越しやらで慌ただしく時間が流れていったのです。IZANAGI代表の窪田さんによるコンセプトの再設定も大詰めに差し掛かっておりまして、その内容を固めていく過程で窪田さんにとっての理想の家をうかがったのです。
ふと我にかえりますと僕(@kazuaki_TANI)にとっての理想の家って、以前リストに書き起こしたことがありました。ただ、それがだいぶ前のことだったこともあり、このタイミングでアップデートしておこうと思いたち、この記事を書いている次第です。
理想の家を考える時に、「理想」という言葉の定義ってなんだろう?
一般的な意味としては「自分にとってこうあるべきだ」「これこそが最高だ」という感覚と思考によるイメージを「理想」とするのが僕がもっているぼんやりとした定義です。
辞書で調べてみると理想とは?
1.人が考えうる、最も完全で欠点のない状態。
2.実現したいと願う、最高の目標。
3.(哲学において)思考によって構成された、理性の究極的な目的。
こんなことが書いてあります。
今回は、理想の家がお題ですので2の意味が適切ではないかと思います。昨年末から「目標」を明確にすることが僕の課題となっておりまして、窪田さんからの問いかけは、さすがのタイミングで与えてもらった感じです。
ということで、ここから本題です。
僕にとって理想の家「実現したいと願う、最高の目標」を考えると、それを構成する要素は①家という箱と、②それが建つ場所(立地)、③地域との関わりに分けられます。そのどれが欠けても理想ではなくなってしまいます。
これから家を建てる人、または移住を考えている方は大きなヒントになると思いますので、今回の記事では前編として立地と、地域の人がなぜ僕の理想の家に必要なのかを書いてみます。

今住んでいる家の目の前を流れる高麗川
まずは立地について
住む場所ってめちゃくちゃ大事です。
今現在、僕が住んでいる埼玉県南西部の高麗という場所の小高い山の麓に住んでいます。
リビング南側が庭になっていてすぐ目の前が高麗川が流れていて、目に映る景色は空と木々の緑だけ、というロケーション。サッシを開けると川のせせらぎが聞こえ、春になるとカジカガエルが「ふぃふぃふぃふぃふぃふぃ…」と鳴きます。北面はすぐ山で、これも春になると鶯などの鳥たちが賑やかに合唱をはじめるので、目覚まし時計が要らないほど賑やかです。
そして、僕がこの場所を気に入っているもうひとつ大事な要素がありまして、それが「広告が目に入らない」こと。つまり、お店の看板や色使いが過剰な人工物が目に入らずに生活することができます。それから、もうひとつ。自動車ではなく人が主役になれる場所でもあることも住環境にとって大切だと思っています。
今の家が面している道路は、自動車はもちろん走っていますが、歩行者と自転車のほうが優先されている生活道路なので、子供たちがあそんだり、ハイキングを楽しむ人が多くいます。

仕事場に使っている場所は理想の立地に近い。
つまり、理想の家を考えた時に
・静かであること(視覚・聴覚ともにノイズがないこと)
・リビングや寝室、書斎から人工物(建物・看板・広告)が目に入らないこと
・緑と空が目に入り、鳥が唄い、自然の営みを感じられること
この3つは確実に押さえておきたいポイントです。
じゃあ、何のためにこのような立地が僕にとって必要かと深掘りしてみようと思います。単純に静かな環境が好きだから、という理由が頭に浮かびまして、とにかく家もホテルでも長く滞在する場所は視覚、聴覚ともにノイズが少ないところが落ち着きますね。自動車やバイクが走る音、ジェット機のエンジン音などの人工的な音、デザインされていない建築物や看板などがそれにあたります。
逆に、風がそよぐ音、鳥や虫の鳴き声、川のせせらぎなどは心地よく感じます。
そうなると、立地はおのずと田舎か街外れの山の麓とかになります。人口密度が低いところ。僕にとっての家や宿は心を落ち着かせる場所が理想なので、家+立地がセットなのです。
長くなりましたので今回はここまでにして、次回は「地域との関わり」について書きます。これが欠けても理想的かつ豊かな生活はできませんので。
ということで、次回をお楽しみに!






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